禍福をあざなう


12月に入ってからのメッセージです。

禍福あざなえる縄の如し

先日の自立研アフターで「大厄を小厄にするプログラムはできないか」とのご質問がありました。
できるか出来ないか、と上に問えば「できる」と返ってきます。

「但し」

と、つきました。
この「但し」について我々は考えねばなりません。
メグリというものをまず認識しないといけない、のかな?

【厄(ヤ・ク)】引きよって飽和するもの
【メグリ】芽吹いたものが強く引き寄せられ離れてゆくもの

「厄を落とす」という考え方は、綺麗にする、お掃除するのと同じくらい必要かとおもいます。
何が巡って、集積されて、厄になるのか。
何が巡って、集積されて、福になるのか。

厄と、福は、陰陽です。
陽の当たるボールの光と影のようなもの☯️

片手落ちに要注意。
片輪走行車はいつかバランスを崩します。

生まれればいつかは死が訪れるように、
幸を受け取るなら裏面の厄も受けとり、それをうまくいなして共に歩む。
そういういなしかたとしての「厄落とし」という観点からでないと、メグリに参加ができないのでは?とおもいます。
みなさんはどうおもわれますか?

つまり、自分のことだけなのか、周りの中の自分、なのか。

これってきささんが話してた、マンカインドge3値につながるのだとおもいます。

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