ご無沙汰してます、みなさまご機嫌如何でしょうか?つるです。
静かな時を過ごしていたら、あっというまに1月も下旬です。オドロイタ

カテゴリ名、今週のメッセージ、ではなく、最近のメッセージがカテゴリ名としては正しいかしらw
最近来てるメッセージを、直接会ったり話したりした人との話題のテーブルには載せているのですが、ここには載せれてなかったです。いくつか連続で書きますね。

 

最近のメッセージ①
節(区切り)

はじめは「区切り」で来ていたような気がします。
でも、ビジュアルが竹の節だったので、おそらく「節」かと。
上の情報を翻訳する時に、短くてしっくりくる方があるなら、そちらを選んでいます。
オッカムの剃刀、シンプルイズベスト、な法則ですね。

竹など植物のフシ、物事のフシめ、旋律のひとまとまり、
おせちのセチ、季節のセツ、関節、結節、切り替えとしての部位。
ものが結びついているところ、またはその区切り…

時期的に、もうすぐ節分で春節、旧暦的に年の切り替えどきですね。
区切ることではじめて、古いものを終わらせて、新しいことが始めることができるような気がします。

そういえば、
最近とても誠実でない行動の結実を目の当たりにしました。
約25年みんなで大事に育ててきたものを、何のアナウンスもなく無にするという…
栄枯盛衰とはいえ、うまい終わらせ方もあったろうに。
目の前に「は」居なくても、インターネットの向こうに「は」確実に居る人たちのこと、彼らと共に培ってきた縁の貴重さを、想像できない、あるいは、どうでもいいひとなのでしょう。
共に歩んだ人達を不安にさせたり、アクセスできていた膨大な情報を奪った自覚が、ない。
自分のことしか考えていない。

これって、いつも、いろんなところでぶちあたる
「言わないと、ないことにされている物事」
のパターンではないかしら。
個人的には「ごうわく」ってやつですが、ひとつの区切りとして受け入れる以外に私にできることはありません。
その感情は消火させて、昇華するしかありません。

言わないけれどある

みえないけれどいる

そういうのを想像して、感じとり、尊重できるか否かが、
フーチをする上でも、
ヒトをやっていく上でも、
節目を分けちゃうんじゃないかしら。

どんな行動をしようが、どんな考えだろうが、選択は自由です。
選択権は自身にあるので。
ただ、それらが「節」のところでどう区切られ、結実を呼ぶのか、
時間という竹が伸びていく先を見ればわかるとおもいます。

 

 

 

 

 

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