最近のメッセージ

【10月第4週】
余白

 
 
 
 
 

空けると、
降りてくる、
開かれる。

 
 
 
 
 

空いたところに、
入ってくるものが見える?
あるいは、
既にあるものが見える?

 
 

そこになにがあってもいい時間・空間と、共にあること。
これが現代人には、至極難しいらしい。

すぐ何かで埋めちゃう習性があるみたい。
理屈、正論、思い込み、…あるべきと思うもの…、
もう夢中にやっちゃう習性みたい。

行間を読むにも、まず、間、がないと。
(サテ、問題デス。コノ記事ノ行間ニハ一体何ガ詰マッテイルデショウ?)

タイパ・コスパの対岸にある「間」に宿るのが、美や美味だったりもします。

 

「間」は受け入れるところ、
「空」は生まれいづるところ。

 

耳を澄まして、目を凝らすことなく、五感を開く。
そうすると、「あるよ」って返事が返ってきますよ。
なんにもないはずなのにね。

フーチをするには、
それらと共にあることが、スタートラインのように感じます。

 

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