余白をあける、整える

11月の後半、と、12月のはじめに(今もか)きてたメッセージがこのふたつ。
余白をあける
これは、「もう嫌だ、次に行きたい」「進化したい」という悩みをきいた時も、しこたま降ってきたメッセージです。伝えたつもりだけれども、伝わったかしらw
それは3歳児の子供が両手にそれぞれお気に入りのおもちゃAとBを持ってギャン泣きしていて「どうしたの?」と尋ねると「Cのおもちゃが持てないぃ〜」と泣いているのを眺めるがごとくw
自分で自分に呪縛をかけている人ほど、こういう形に陥っているようにみえます。
「AかBを置いて、Cをつかむ手をあければいんでない?」
「手を放したからって、なくならないよ?」
ほしいものをつかむとき(それがモノでも事象でも)、
上からのメッセージや、みえない存在の意図を汲む時、
大事なのはこの余白があるかどうかに思えます。
整える
余白があって、ウェルカム準備が整うと、いつの間にか降りてきます。
通じている、といってもいいかもしれない状態です。
この、整える、というのが肝心みたい。
それは弦の調律にも似て、ゆらゆら、しています。
どこかにビタッと固定化するようなものではない感じ。
音が合う状態、音程の狂わない範囲で、ゆらゆらするのがいいみたい。
自らの心身が調律できてから、やっと音合わせがはじめられる、そんな感じです。
いつだって上は私たちが整うのを待っていて、
そのタイミングに、はさみこむように伝えてくれます。
膝から力が抜けるような上のオヤジギャグを
(笑いで)震えて待つがよいですよ🤭
